最初は、露骨なひとだなあ、と。彼への印象は、あまり良いものではなかったのだけれど。





【 仔犬の恋 】





「全く!まだお前はあのアヘンと付き合ってるあるか!正気疑ってしまうネ!」


久々に私の家に遊びに来た中国さんが、客間の座布団に腰を下ろすなりそう言った。私は思わず目を丸くする。


「だいたい、あんな奴のどこが良くて同盟なんか結んだあるか?あんな強引で嫌味で鬼畜な元ヤンのどこが!」


言っていていろいろと思い出したのか、腹を立てたように大きく舌打ちをする。
私はというと、その言葉を聞いて、自然と頬が緩んでいくのが分かった。


「どうしたか?日本。そこは笑うところじゃねーあるよ」
「いえ、あの…少し、思い出したことがありまして」
「?」
「確かに、イギリスさんは強引で少し意地悪で素直じゃなくて…お付き合いがなかなか難しい方なんですけれど」


今でもときどき思い出す、100年以上も昔の、懐かしい情景。


「でも…ほんとうはとても、可愛らしい方なんですよ」


また、ふふ、と笑みが零れてしまう。 そんな私を見て中国さんは、呆れたようにはあぁ…と深い溜め息を吐いた。








「ようイギリス!おまえ同盟結んだんだって?よーやくひとりぼっち解消かよかったなー!」
「げ、何の用だよワイン野郎うるせえ!てめーには関係ないだろっ!」

「やあ日本!きみイギリスと同盟結んじゃったんだって?かわいそうにねー」
「アメリカあああ!てめーもなに言ってやがる!!」



パーティが始まって早々に響いたイギリスさんの大声に、思わず肩が跳ねる。
それを見ていたフランスさんとアメリカさんが、私たちを交互に見てにやにやと笑った。



日英同盟を結んでから初めての会議の、そのあとの会食。
そこでは、もっぱら私とイギリスさんの話題でもちきりだった。
特にフランスさんとアメリカさんは、さっきからイギリスさんに絡み続けている。

もちろん、逃げるタイミングを逃した私も、その場に付き合わされているわけなのだけれど。



「しっかし、なんで日本はこんな紅茶男と同盟なんか結んじゃったわけよ?
寂しいんだったら言ってくれたらおにーさんがいつでもどこでも慰めてあげたのにさー」
「そうだぞ!俺だって仲良くしてあげたのに!ヒーローに何も言わないで怪物と友達になっちゃダメなんだぞ!」
「だれが怪物だだれが!それとフランス!日本に変なこと言うんじゃねえ!」
「なにも変なことなんて言ってないぜー?なーに考えてんだかねえこのエロ大使は」
「うっるせえええ!!!」



普段は見ることのないイギリスさんの紳士らしからぬ姿に、顔が引きつるのが自分でもわかる。

そして、その姿を事もなげに受け止めているフランスさんとアメリカさんに、ぎゅうと胸が締め付けられたのも。


(自惚れているつもりは無かったのですが、)


知らず、はあ、と溜息が漏れる。この場から逃げ出してしまいたい、とさえ、思う。

彼らが言った言葉は、裏を返せば自分に向けられたもの。

どうしてお前なんかが、彼のそばに、と。

イギリスさんの話を聞いていても、なんだかんだで彼がとてもたいせつにされていたんだろうな、 ということは分かっていた。

彼だって、それは同じ。

どんなに悪く言っても、愛しむような表情が、それを何よりも物語っていたから。
そんな彼と自分が“友達”になったところで、釣り合わないなんてことも…分かりきっていたことだ。



(あんなに安心しきっている姿なんて、初めて見ましたし)



軽口を叩き合って、素直に怒ったり笑ったり。
本当に信頼している相手にしか見せない、

自分の傍に居る時には絶対に見せてくれはしない、表情で。


そんなことを考えて、ほんとうに逃げ出してしまおうかと思ったところに、再びイギリスさんの声が響く。



「いいんだよ!むしろかわいそうなのは俺のほうでだな、 こいつがひとりぼっちで寂しそうだったから仕方なく友達になってやったんだよ! べっべつにこいつのためなんかじゃなくて俺がこいつには利用価値があると思ったからで 俺の利益にも繋がったしだな、とにかく全く問題はないんだよなあ日本ッ!」

「え?あ、はい。そうですね」


まさかいきなり話を振られるなんて思っていなかったため、若干声が裏返ってしまったような気がする。
それに気付かれまいと得意の笑顔を浮かべてみるも、 イギリスさんは何やら怒ったような泣き出しそうな不機嫌そうな、とにかく不思議な顔でふいと視線を逸らしてしまった。

そうしたいのはこっちのほうだ、と思う。
何が悲しくて、こんな大勢がいるところでそんなわかりきったことを言われなくてはならないのか。
悔しくて悲しくてせつなくて、涙が出そうになった。



(もうほんとうに、逃げてしまって良いですかね)



あいにく、こんな絶望的な状況に自ら進んで身を置こうとするような趣味は持ち合わせていない。
もう一度小さく溜息を吐いて、もうすっかり別のものに興味を移した御二方に気付かれないよう、 イギリスさんの陰に隠れて、こっそりとバルコニーへ足を進めようとした。


「――ッ!?」


…のだが、2・3歩歩いたところで、がくん、と体が後ろに引かれたのが分かった。
同時に、左手の指先に伝わってくる、温かい熱。
その熱の持ち主は、―――今、私の後ろにいるのは。
びくん、と体が震えて、私は身動きが取れなくなってしまった。
幸い、他の誰にも気付かれてはいないようだったが、 あまりに自分の心臓の音がうるさくて、会場の皆さんに聞こえてしまっているのではないかとさえ、思った。


「だいじょうぶ、だ」


そんな中、耳に飛び込んできたのは、驚くほどに優しい彼の声。
単純な私の体は、その言葉にふっと全ての力が抜けてしまった。
ああ、このひとは、――このひと、には。


「――わたしは、あなたに必要とされています、か、?」


背を向けあったまま、ぽつりと呟いてみる。
すると、今度は指先でなく掌ぜんぶを握りしめられて、
「当り前だろう、ばか」と、真っ赤な顔で、馬鹿にしたように笑われた。



なにがだいじょうぶなんですか、とか、ばか、はこっちのせりふです、とか、言いたいことはたくさんあったけれど。
それよりなにより、嬉しくて。口元がどうやっても笑みの形しか作ってくれなくて、仕方ないからぎゅっと彼の手を握り返した。







「あのな、イギリスのあれはただの照れ隠し。あーゆー奴なんだわ。 絶対的な信頼置いてる奴にじゃなきゃ、あんな風には言わないから」

そして、後日、敵情視察とか言いながらやって来たフランスさんに羨ましいよ、 と言われて、私が破顔したのはまた別の話。









「最近ツンデレという言葉を知ったときはあまりにおかしくて笑ってしまいましたけどね」
「はあ………まったく、犬も喰わねーあるよ。お前が幸せなら我は構わねーあるが…… ……それにしても恋ってのは恐ろしーもんあるな!」




始終嫌そうな顔で話を聞いていた中国さんが、もうたくさんだというように、両手を広げて畳に倒れていった。














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今回も懲りずにイメージ拝借です。Perfumeの「Puppy love」。
きっとこれ連語のほうの意味なんでしょうけど、なんかしっくりこなかったからタイトルは勝手に和訳(あ
もう初めて聞いた時からこれはイギリスのためにある曲だとばかり…!
え…違うんですか?←
どこかほかの素敵サイト様とネタかぶってそうで怖いです…笑
とにかく、うちの日本はイギイギを可愛いひとだと思ってる、のか?
そしてまさかの仏兄オチ。自分でも予想外。
まあ自分仏英も仏日もすきだけど…!笑

最後までお付き合いくださってありがとうございました!
2008.08.04 柏葉















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