失くした約束は星に―――



【ドラマチック】




「ッ、あ」
「え? …おや」


お久しぶりですね、と穏やかに微笑んで、日本は草の上から腰を上げた。


「な、に、してたんだ?こんなところで」
「ええ、ちょっとした探し物ですよ。貴方こそ、どうして?」
「お、俺、は――…散歩、だッ」


勢い良く飛び出した俺の言葉に、日本は一瞬瞳を丸くして、それからくすくすと笑った。


「呑気な方ですねえ。いくら夜とはいえ、戦争の真っ最中だといいますのに」
「おっ、お前だってひとのこと言えないだろう!」
「ふふ、そうですね…でも、ここは大丈夫ですから」


何を根拠に、と思ったが、同時に、確かにそうかもしれないとも思う。辺りを見渡して、正直驚いた。戦争がここまで激化したというのに、まだこんなにきれいな草原が残っていたなんて。


「きれいですね」
「え?」


心を読まれたようで、驚いて日本を見る。彼は上を指差して、そら、と唇だけで囁いた。


「ずいぶん久しく…こんな風に星なんて見ていませんでしたから」
「あ、ああ…そうだな」


そうして、一緒に星を眺める。40年近く前にもこうやって並んで見上げたっけ、と感傷に浸っていたら、隣の小さな影が肩を揺らしていた。


「な、なんだよ」
「いえ…親の仇でも見るような顔をしていらしたので、つい」


そんな顔していたら星が逃げてしまいますよ、と呟いた日本の後ろの空に、灰色の雲がかかっているのが見えた。
そしてその合間を縫って、ひとすじの光が駆けていくのも。


「日本!」
「わ、なん………!?」


俺が指差した先、無数に駆けていく光を見て、日本も驚いたように口を開いた。


「ながれぼし…?」
「…あれか、消えるまでに三回言えたら、願い事が叶うってやつ、か」
「そうですね…そんなこと、できっこないと思いますけれど」
「…夢の無いこと言うなよ」
「夢で戦争に勝てるなら幾らでも語って差し上げますが」


ああでもそれならアメリカさんのほうが得意でしょうかね、なんて、ちっともそんなこと思ってないというような声と笑顔で呟く。
目の前の日本が何を考えているのか、今の俺にはもう解らなくなってしまっていた。
月が雲で隠れて、表情さえ。


それでも。


――――それでも、俺の心は、彼のことをいとしい、と叫び続けていて。


「に、ほん」
「なんです?」
「……たとえば。たとえば、あの星に願ったことが、本当に叶うとしたら、…何を、願う?」
「……それを、私に訊くんですか?貴方は」


日本はきゅ、と下唇を噛んで、切な気に眉をひそめて俯いて。


「………ねがいごと、は…口に出したら、叶わないんですよ」


小さな声で呟くと、勢いよく顔を上げる。声色とは違って、表情は何故か幸せそうだった。


「それに……私には、願い事なんてありません」


ふふ、と、昔よく見た幸せそうな笑顔で笑って、こちらをまっすぐに見つめる。



「もう、叶いましたから」



日本はそう言って俺の手を取ると、少しくたびれた小さな緑色の草と、重みのある星をひとつ、てのひらに乗せた。
星、なんて。一体どこから?



「…!」



ふと、日本の左肩に目を遣る。
先程まで腹立たしいくらい主張していた敵の証が、ふたつからひとつに減っているのが見てとれた。


「差し上げます。――私の手から零れた流れ星なんかでは、貴方の願いを叶えることは出来ないと思いますけれど」
「お前、これ……!」

「……私には、こんなもの要らないんですよ。…私は、「日本国」ですから。国である私に、階級や身分なんて必要ないでしょう?」


そう言って清々しく微笑んだ日本の瞳から、綺麗な雫がひとつ、零れた。
俺は、情けないことに何もかける言葉が見当たらなくて、落ちていく雫を目で追うことしかできなかった。




「日本……」
「……そろそろ、帰りますね。雲行きも怪しくなってまいりましたし……ここでいつまでも貴方と居る訳にもいきませんし」



日本の言葉の通り、ぽつりぽつりと細かい雨が降ってきた。
俺たちの上に、まるで霧のように優しく降り注ぐそれに、俺に背を向けた真っ白な日本の姿が覆われて隠されていく。


その後ろ姿に、何故だか俺はとても堪らなくなって。




「っ日本ッッ!!」




大声で彼を呼んで、腕を掴んで力任せに引き寄せる。
腕の中に閉じ込めて、いやだ、はなしてください、と震え続ける身体を掻き抱いて、無理矢理に唇を奪った。



久しぶりに触れたそこは、きれいな涙の薫りがした。



「………いぎりす、さん」
「叶うさ」
「え、?」
「叶えてみせる。絶対。」



おれのゆめは。
きみがもういちど、おれのそばでえがおをみせてくれること。


「お前のためじゃない。これは俺のプライドだ。
 ―――だからそれまで、待ってろ」

他の誰かに捕まったりすんじゃねえぞ?

囁いた言葉に、日本はもういちど涙を零して、それからゆっくりと頷いた。





雨が上がり始めた夜の空に、綺麗な星がひとかけら、尾を残しながら消えていった。















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うわっ おっもしろくねえ

すみませんなんていうか…これこそやおいの本領みたいな……orz
でもけっこう遊んでみたりできて書いてて楽しかったです。わらい。
イメージはYUKIの「ドラマチック」。タイトルも拝借しました。
とにかく英をかっこよく、日を乙女に書こうとしたんです……!
そしたら日さまクローバー探しっ…!ああ恥ずかしい。
お目汚し失礼しました!

2008.07.15 雪紘












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